TakaさんのHokkaido Livet

よく働きよく遊び おいしいものを食べて 大いに笑い 分かち合い 感謝をし 早く寝て 早く起きること。すなわち 今日も ていねいに。

手術から1週間

手術からちょうど1週間。今ごろは目覚めるのを待つだけ、という時間帯。

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写真はちょうど手術の前に東京の知人が「丸の内のイルミ、きれいだよ」と送ってくれたもの。前日には写真を眺めながら過ごしてたっけ。

今日は自分の記録として、今回に至るまでの経緯をざっと書いておこうと思います。

 

今まで軽めだった月経が重くなり、多い時には夜用ナプキンが1時間ももたなくなりました。3年ほど前に「子宮筋腫がある。でもまだ小豆くらい」と聞いていたのでそれが大きくなったのか、それとも更年期障害!?と思いつつ仕事の忙しさにかまけてしばし放置。私の場合はお腹の生理痛よりも、腰の痛みが増しました。

6月の健康診断で人生初の貧血。自覚症状は立ちくらみとめまい、浮遊感、動悸。あとはとにかくぼーっとしていて、その時は「仕事のやる気が本当にないんだな」程度に考えていました。けれど月経が重くなったのがさすがに心配になってきたので、7月4日にようやく慶愛病院受診。「すぐに鉄分注射していきなさい!」と先生に注意され、7回1セットの注射通院と鉄剤の服用開始。鉄分の注射が昔のアニメとかに出てくるような大きさで思わず「これ、全部いれるんですか?」と訊いてしまったほど。超音波検査で筋腫は4cmほどに大きく育っていたのと、左の卵巣が腫れていることが分かりました。慶愛病院だと開腹手術しかできないこと、手術以外では筋腫はホルモン療法で大きくせずに今後を過ごすこともできることなど色々説明を受けました。それらも踏まえつつ、子宮全摘出を自分で選びました。

開腹手術だと割と早くできたのですが、術後の回復が遅いのと秋の庭仕事の人手を考えるとすぐに踏み込めず…。十勝では唯一腹腔鏡の手術ができる厚生病院へ紹介状を書いてもらい、術後の回復が早い方を選択しました。

8月18日に厚生病院の予約を取ってもらい、受診。その頃には貧血も回復しており、再度主治医にも今後どういう方法があるのかを一通り説明してもらいましたが、自分の中では全摘をするということに変わりはなかったので、主治医と私の仕事のスケジュールをすり合わせて12月7日に腹腔鏡で手術をすることに決めました。

手術までにまた貧血になるとよくないので、リュープリンという抗がん剤の一種を用いて人工的に生理を止める方法がベストとのこと。でもリュープリンは副作用が出る人も多く、そうなると仕事に影響も出るし、嘔吐恐怖症持ちの私は話を聞いただけでも怖かったので「鉄剤で!!!あとは鉄分多いものを食べて乗り切ります!」とお願いをして、無事に貧血になることもなく手術日を迎えました。主治医も「少し心配してましたが、良かった良かった」と。

9月にMRI検査でさらに詳しく調べ、その結果主治医が心配していた左卵巣は子宮内膜症によるチョコレートのう胞と分かりました。大きさは4cmほど。筋腫ものう胞もどちらもさほど大きくなく、「今すぐに」という手術ではありませんでした。けれど、のう胞はガン化する可能性もあること、このまま大きくなるのをほおっておけば毎月の生理は大変になる一方。筋腫も大きくなってから手術となればリュープリンが必須になること。出産は希望しないこと。ここでもう1度主治医に意思確認をされた記憶があります。

術前検査では肺活量と心電図、ちょっぴり多めの採血。そしてレントゲン。自分でできる範囲では、手術に耐えうる体力と筋力をつけるためにピラティスや自宅でのバランスボールで腹筋を集中的に鍛えておきました。

11月なかばでだいたいの庭仕事も終わり、ほっとしたのと手術までのそわそわ感で何もする気が起きなくて、今振り返ると泥のように毎日過ごしていました…。

入院の数日前から緊張型頭痛がひどくて、事務所で薬が効くまで遠い目をしてじっと動かず…。みんな「帰ったら?」と声をかけてくれるも、痛さでどうにかなりそうだったので「大丈夫…」と全然大丈夫そうに見えない状況。みんな、ごめん。

入院日は9時半に受付をしてその後は麻酔科を受診したり、同意書を書いたりとゆっくり過ごしました。18時から相方くんと主治医からの説明を受け、相方くんの感想としては「今まで聞いていた話と合致するので安心した」とのこと。でも、このとき思わず2人で身を乗り出してしまったのは「手術は5時間ほどかかります」の一言。「そんなに!?」って、どんだけ簡単に考えていたんだろう…。それは病気が重いのではなく、腹腔鏡での手術が細かく慎重に行う必要があるために時間がかかるとのこと。

手術当日は絶食だったのですが、「おなかすいた~」とビビリな私にしてはノンキな発言をしておりました。12時半すぎに夫婦ともに呼ばれて手術室へ。「ここでご主人とお別れです」と言われた時に急に緊張感がぐぐっとわいてきて、メガネを渡すのを忘れたほど。扉の中は医療ドラマそのもので、緊張するわなんだか現実感はないわの不思議世界。テキパキと手術台へ乗せられて、背中に硬膜外麻酔の準備から始まり、そうこうしているうちに酸素マスクをつけて「ゆっくり呼吸してくださいね~」と点滴から全身麻酔。「ヘアキャップがすごくずれてるのが気になる…」と思ったらもう意識はありませんでした。

ガーデンで作業をしている夢を見ながら「Takaさーん。分かりますかー」と声が聞こえてきたと思ったら、目の前に広がる手術室。夢と現実がごっちゃになったのと、気管に入っている管が苦しくてちょっとパニック。「動かないで―、大丈夫ですよー。落ち着いて呼吸してくださいね」と再び酸素マスク。呼吸が落ち着くまでにちょっと時間がかかりましたが、そのままベッドで運ばれて外へ。すぐに相方くんが「がんばったね」と笑顔で迎えてくれて、でも尿道の管とベッドで運ばれているために動く視界がぐるぐると気持ち悪くて、部屋に到着後すぐに吐き気止めを注射してもらいました。

気管に入っていた管で喉が痛く、あんまり声が出せなかったけれど一言二言相方くんと会話を交わしてその日の夜はぐっすり…というよりも、うつらうつらとぼーっとしていました。

術後1日目はすぐに歩く練習を開始し、すぐに立ち上がりすぐにトイレまで歩いていき看護師さんにびっくりされました。でも視界がふあふあ~~~としているのでちょっと酔った感じになり、帰りは車いす。吐き気止めを打ってもらって、再度トイレまで歩く。本当にこんなのですぐに退院できるの?と不安もよぎったのですが、午後にはけっこうスムーズに動けるまでに。

今、お腹には4か所の傷があります。一番大きくて2cmほど。一番痛いのがおへその傷。くしゃみも「へくしょい…」と弱弱しいおじいさんのようで自分で笑えます(笑)。あと案外「うお!」となるのがのび~~~っと背筋を伸ばした時。でもそんなことくらいでは傷は開かないので、むしろストレッチをしたほうがよいそうです。力を入れすぎない程度にバランスボールで腹筋したり、スクワットしたり。びっくりするほど筋肉量が落ちていたので、無理のない範囲でトレーニングしようと思います。